2017年9月12日火曜日

渋谷区の新しい教育について…

長い事、更新してきませんでしたが、これからまた、色々と発信していこうと思っています。
今後の内容は、子供の事以外のギフテッドについて、のつもりです。
過去の内容を元に、改めて考えをまとめる作業をする事もしていくつもりです。
今回はタイトルの内容です。

先日、渋谷区教育委員会で遂に始まるという、全国初の「ギフテッド教育」のキックオフイベントに参加し、後日、電話で質問に答えていただき、自分の感想をまとめました。
渋谷区在住、在勤、在学の方のみの参加だったので、ここでレポートさせていただきます。

また、この新しい教育プロジェクトの提携先は東京大学最先端科学技術研究センターの中邑教授らの研究室の方々で、「しぶや区ニュース」という区の広報誌を見た限りでは、「渋谷区版rocket by東大最先端」という印象を受ける通りの内容でした。
区長と中邑教授のトークセッションから始まったのですが、「特別な才能」という言葉を共有している様でしたが、「ギフテッド」という言葉は区長と教育委員長から3回くらい出たかなぁ?という程度。
しかもギフテッドを理解している様な内容ではありませんでした。
(後日、電話で確認したところ、少なくとも担当の方はギフテッドの性質についてご理解はある様で、「公教育なので、ギフテッドに特化したプログラムを提供する事ができない」との返答でした。)

中邑教授が行なっている教育プロジェクトは、あくまで「教育=教えて育てる」ものであり、ギフテッドの子供達が「反抗する」か「無視する」か「自分を出さないようにする」かしてしまう、公教育のように本人以外のどこかや誰かに「目的ありき」「手段ありき」「期限ありき」の、ギフテッドからすると「ただの教育」でしかありません。
一方で、rocketのプロジェクトは、これ以上、指示待ち人間を社会に出さない為には最高のプログラムだとも思いました。
むしろ日本の公教育の一般の教育プログラムに組み込んで見たらどうかと・・・基礎学力はタブレットでどうにでも出来る時代ですからね。

ギフテッドが、公教育の場で教育者や保護者などに対して、人格を否定される事を恐れずにいられたなら、自力で独自の方法で大人になろうとする権利を与えて欲しいと訴えるのではないでしょうか。
ギフテッドの子供たちは、今の日本社会で問題になりがちな「指示待ち人間」とは違い、指示される事を嫌い、自分の意思で動くタイプなのです。

中邑教授は、以前、直接お会いした時にも、今回のイベント内でのトークセッション中にもその後のセミナーでも、「親が褒めるだけではダメなんですよ。挑発してあげないと、伸びないんですよ。」と殆ど同じフレーズを使っていました。
ギフテッドの子供の親に、褒めて伸ばしている余裕がある親はどれほどいるのでしょうか・・・いるのでしょうか・・・そんな余裕があるのでしょうか(笑)
恐れを持たずに発言します・・・ギフテッドの子供を持つ親は、「ウンザリしている」のです・・・疲れ果てているのです・・・何にだと思いますか。

言う事を聞かない?小学校中学年にもなれば、朝飯前です(笑)
好きな事しかしない?幼児期から昼飯前です・・・いや、時々抜きです(笑)
友達が少ない?夕・・・いやいや、友達は求めていないか、あるいは濃い親友がいるから不安要素ではありません。
ちなみに、ギフテッド同士は趣味が同じだから親友になるのではないのです!
ギフテッド同士はお互いにとっての踏み込まれたくない領域を分かるから、だからこそギリギリまで踏み込んで付き合える仲間が必ずいる(見つかる)んです。

では、何にウンザリしているかと言うと、【ギフテッドの子供の為の育ちの場】を、親として与えてあげる事が、あまりに困難である事に、何年も何年も、毎日のようにぶち当たっている日本の教育制度の現状に、ウンザリしているのです。
例えばその、濃い親友になりうる様な、ギフテッド同士が出会える環境やチャンスを得難いだとか・・・。
「知的ギフテッド」と呼ばれるタイプの子供たちには、学校は退屈であるけれど塾なら知的欲求を満たしてくれるかもしれない、だけど地方だと塾が近くにないとか、あっても経済的に無理だとか・・・。
他の分野のギフテッドにとっても、時間的に学校に囚われていては、本人が定めた目標の為に追求できる時間的環境がないだとか・・・(スポーツ方面、芸術方面での成功は、幼少期からのプロによる指導が必要だと言う事は、一般論として広く理解されている事だと思います。)。
ギフテッドの親は、ギフテッドを理解しようと、我が子を理解しようと勉強し、試行錯誤すればする程、そう言う壁の様なものにぶち当たるのが、ギフテッドの子供を持つ親の悩みなのです。

彼らが大人になるまでの貴重な時間に、【ギフテットではない、且つ、何らかの特別なサポートを必要としない子供達と同じレベルで健全に過ごすチャンス】を、与えてあげる方法を考えてくれる“教育者”はそこそこいますし、今回の渋谷区のプロジェクトも、rocketもそのうちの一つだと思います。
ですが、ギフテッドを本当に理解してくれている教育者の方々は、「してあげよう」という考えには至らないと思います。
ギフテットの子供たちは「一般論に基づいた思考回路を作る為に、自ら求めていない事を教えられ、育てられる事」を断固拒否する子供が殆どの様に感じています。
それでも彼らは学んで成長しますが、あくまでも「自分の方法で、自分のペースで、自分の意思で、自分が定めた目的の為に、自ら学んで成長する」のが、ギフテッドです。
(そして、彼らが自ら選択したその分野の「尊敬したり憧れたりする先駆者」からなら、普段の横柄な態度を封印して接することも出来ます(笑))
それを妨げ、否定し、変えようとすると、所謂「二次障害」が出ますが、その状態をまた「〇〇障害のせいだ」とされてしまう事もあると思います。

ギフテッドの子供は、なんてワガママで身勝手なんでしょうね(笑)
だけど、そう感じる時、本当にその要因は彼らの性質にあるのでしょうか。
もしも飛び級制度やホームスクーリングが当たり前の社会だったとしたら、例えば、知的ギフテッドは自分のペースで学び、或いはスポーツや芸術を通して世界を見ている子供は親や家庭教師などを通して基礎的学力を身に付けながら、心置き無く鍛錬を積む事ができます。
そうした方法で成長する事で、社会で問題になる様な言動をする大人になってしまう可能性があるのでしょうか。
そんなはずはないのに、何故、みんな同じプログラムを通過しなくてはならないのでしょうか。

「何故、日本にはおかしいと気付かないうちに義務教育を修了する人間がこんなにたくさんいるのだろう」と、身近な人が疑問に思っていましたが、「日本の公教育は洗脳的で、どことなく宗教的である証拠」なのではないかなぁと改めて感じました。
お世話になっている方に、日本の義務教育期間に受ける公教育というのは、その時期の子供にはまだ「価値概念」が出来上がっていないという前提で、意図的に暗いトンネルの中を通らせている間に洗脳する作業だ、というお話を伺った事があります。
だから、義務教育期間の前に既に何らかの「価値概念」を生み出しているギフテッドの子供だけでなく、ちょっと賢い子供たちまでも、そのトンネルの中を無理矢理通過させる事が大人にとっての困難であり、子供たちにとっても苦痛を強いられる事になるのだと思います。

私の息子がおそらく「ギフテッド」だろうという事で、その関連でのネットワーク上に参加させて頂く事で、去年から情報交換などをさせていただいています。
参加できなかったギフテッドの保護者の方へのレポートや、「ギフテッド」ってなんなの?という疑問に私なりの考えを微力ながらも発信する必要性を改めて感じているので、堂々と書いています。
本当にギフテッドが原因で困り果てている私たちの苦悩と、そうではなくてただ単に今の公教育のあり方が問題で生じる困りや、何らかのサポートや療育を受けられる対象である困難さとは、また違うのです。

「ギフテッド=天才的な才能の持ち主」「ギフテッドには〇〇障害が【必ず】ある(何らかの困難を持ち合わせているギフテッドは皆無ではありません)」という間違った認識が日本で広まっているという危機感を抱いている方々の意見を時々見聞きしてきましたが、今回のイベントに参加して、私自身も「これはマズイな」と実際に感じました。
ギフテッドの子どもの場合は、基本的に保育園・幼稚園時代から本人も親も、自分が身を置くコミュニティに対して違和感を覚えます。
そして悲惨なことが最も多いのがおそらく小学校時代ですが、それは「自分が周囲と違う」という『違和感の原因に』対する本人の気付きや、出る杭は打たれるという日本の悪い習慣がまだ残っている環境においては「先生や周りの大人から理不尽な扱いを受ける」という理由が殆どだと思います。

このプロジェクト、プログラムには、学習に困難をきたす要因に対するサポート的な内容も含まれています。
iPadさえ使えればどうにでもなる世の中にあって、何故か日本の公教育が遅れているだけの事にしか思えないのですが・・・。
それでも、そうではない日本の教育制度の中では、そういったサポートが必要な子供達にとって、必要であることは確かな様に感じます。

ただやはり、ギフテッドにとって必要な事は「サポート」ではないと感じます。
クラスのみんなと同じ価値観ではないから、特別なサポートをしてあげますよ、ではないですよね。
出来るから許可でもなく、出来ないからサポートでもない。
例えば同性愛者だから異性愛者の価値観を無理矢理植えつける“サポート”をしますか?
渋谷区はちゃんと、同性婚を認めましたよね。
(個人的には性差による無意識の性格の洗脳も、よく考えたら何だか怖いと思える立場です。)
ギフテッドだから、ホームスクーリングでいいよ、飛び級していいよ、師匠について鍛錬を積んでいいよ、・・・という様に、そちら側の固定概念、既成概念に囚われた枠組みから1歩出る事を、「いいよ」としてもらえれば、それで彼らは人格を否定されずに生きていけるのです。

「人格否定なんて!我々も子供達のため・・・特別な才能の為に・・・」というご意見も度々聞いてきましたが、一度でもいいから彼らの立場になり(ギフテッドについて猛勉強するw)、再考していただきたいです。
私は、【ギフテッド=才能がある】は、大きな間違いだと考えています。
 【ギフテッド=価値観がユニークだから目立つw&誰かに認めてもらえる成功を目標としていない】だけではないでしょうか。
そして、視点や価値観がユニークだと、時々奇跡的に世界を変えてしまうこともなくもないかな?程度w
どんな子供達も、自分の価値概念においての「幸せな人生」を選択し、構築する、努力する権利があるはずです。
その「幸せな人生」って、ギフテッドに聞いてみると、どうなんでしょうね・・・みんながみんな、全然違う方向を向いています(笑)
(それなのに、ギフテッド同士って一瞬で打ち解け合うから不思議です!)
しかも!何らかの才能の芽が垣間見えているのにもかかわらず、それとは全く違う分野に邁進するギフテッドもいますよ(笑)

最後に・・・
中邑教授には素晴らしいお母様がいらして、教授の価値概念は否定される事なくそのまま大人になれたそうです。
実質的にはギフテッド教育を受けてきたのですよね・・・修学旅行の行き先に納得がいかなくて、その積立金をもらって一人旅させてもらったそうです・・・「自分で決めた事を否定されず、自分の方法で行動する事を許される」、それ、まさにギフテッドに必要な子供時代だと思うのですが・・・。
そして渋谷区長の発言に、今回はギフテッドにフィットしていなくても、この先、ギフテッドを理解しているシステムを始めてくれてもおかしくないな、と感じたところがあります。
「ダイバーシティ」についての考え方において、「どんなに枠を大きくしても、その外側の意見を言う人たちは必ずいます。その人たちの考え方を『どうやって受け入れていくか』・・・」とおっしゃった時に、「区長もその『外側』からの視点を持ったことがある人なんだろうな」と、期待を持てました!
その視点を持ったことがなければ、それに対して「受け入れる」と言う言葉を選べないと、個人的には感じるのです。

ですがもっと前に、今年、渋谷区の「ちがいを ちからに 変える街」という基本構想のキャッチフレーズを広報誌で目にした時、「え?ギフテッド?」って思いましたw
教務課の担当の方ともお電話で伺った限りだと、ギフテッドについてとてもご理解頂いているという印象を受けました。
この先、ギフテッドが原因で暗黒時代を過ごす親子が、少しでも早く、いなくなる時代が、日本にも訪れますように・・・


にほんブログ村 子育てブログ ギフテッドチャイルド育児へ
にほんブログ村